第三話

「嘆かわしい。貴様の力はそんなものか?」


作戦を終えて母艦へと帰還した女の前には真紅の衣を纏った巨躯の魔人

――イフリットが立ちはだかっていた。

「新たな機体と聞いて様子を見に来たが……
なんだこの有様は。これではこいつが浮かばれないではないか」

イフリットは機体に刻まれた無数の傷痕を見ながら、顔をしかめていた。

「貴様自身が戦場に出ることを選んだのだろう? ならば戦士としての役割を果たしてみせろ」

女は歯に衣着せぬ物言いの魔人を横目に独り言のように呟く。

「……この私に、よくそんな口がきけるものね。
貴方も所詮、あのマンガラの失敗作風情でしょうに」


エイジェン幹部会ナヴァ・グラハにおいてその力関係は絶対である。

この男を造りだしたドクターであるマンガラは最高幹部とはいえ、幹部会の中では少なくとも自分の後ろにいる“あの人”よりも地位は低い。

故に、マンガラやソーマといった者からの施術を受けた兵士は、絶対的にそれ以上の地位にいるドクターの配下には逆らえないように調整されている。


「はっはっは!そう言ってくれるな!」

そんな細かいことはお構いなしだと言わんばかりに、魔人はゼラ坊を言いくるめた大物を笑いとばした。

「話はそれだけ?……これで失礼させてもらうわ」

女はあきれた様子で魔人と目を合わせることもなく、すり抜けるように去って行った。


イフリットは腕組みしながらそびえ立つ機体を見上げる。


――いい機体だ。


そう呟いた刹那、彼の脳裏に唐突にあるはずのない記憶が蘇る。


彼にボーダーとしての過去の記憶など今やなにも存在しない。

しかし、ボーダーとして死線を潜り抜けてきた彼のその身体や魂には深く深く刻まれているものがある。

そう。その姿、その声の主は、まるで――。


「まったく、貴様も難儀な主を持ったものだな!はっはっはっ!」


それは、目の前に存在する戦場を戦い抜いた一人の戦士に対する労いの言葉であった。



暗がりの部屋の中には女が一人。

部屋のロックがかけられたことを確認すると、ふとため息をつく。

戦場に舞い降りる誇り高き女王にも“休息”が必要なのであった。

「私はあの女とは違う……」

無数のケーブルに繋がれ、薄れゆく意識の中で女はそう呟く。


――ある者は「女王」と呼び、

また、ある者は「魔女」と呼ぶ――


パネルに記されたその名は――


D/o‐NA――ディオナ――


また、新たな戦いが幕を開ける――

  • 第二話


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