eust

「まったく。何やってるんですか、エリカさん」

「あ、あはは……ま、迷子になっちゃいまして」

一時的とはいえ帰る家がなくなったエリカは、とりあえずマグメルの極東本社に身を寄せることにした。

社内にはEUSTからの出向メンバーも多く在籍しており、その仲間たちを頼ろうとしたのだ。

当然、マグメル本社内にはGRF側から派遣されているスタッフもいるものの、マグメルとの契約により社内での交戦や衝突は起こり得ないので、この都市の中では一番安全と言っても過言ではなかった。

ところが、エリカに悲劇が起こる。

船上生活が長かった彼女にとって、ここは久しぶりの陸地、久しぶりの都会である。

ついうっかりテンションが上がってしまうのは仕方ないこと。

マグメル本社に向かうはずが、いつの間にかふらふらと散策をしていて、気がついたら時すでに遅し。

田舎者のエリカは、この大都会で“迷子”になってしまったのだ。

「街の中にはEUSTに対してあまりいい感情を持ってない人も大勢いますから、気をつけてくださいよ」

語るのも恐ろしい大冒険の末、ようやく目的地までたどり着いたエリカは、オペレーターであり、そして個人的な友人でもあるチヒロに本社のロビーまで迎えに来てもらっていた。

「大丈夫です! さっきだってすっごく親切な紳士の方に道を案内していただきましたので! 都会の人は冷たいだなんて嘘ですね!」

屈託のない笑顔でそんなことを言うエリカに、チヒロは頭を抱えた。

「……次からは、絶対1人で行動しちゃダメですよ」

「?」

ちょっと、どころかかなり抜けているけれど、それでも彼女はれっきとしたEUSTの重要人物。

もし1人でふらふらしているところをGRF側の人間にでも見つかってしまったら、一体どんなことになってしまうのか。

もう少し危機感というものを持って欲しいなぁ……と思うのはチヒロの姉心だった。

「それで、見せたいものってなんでしょう、チヒロ」

「詳しくは彼女から聞いてください」

「彼女?」

おしゃべりをしながら広大なマグメル本社内をコミューターで移動すること30分。

たどり着いたのは、EUST駐屯区域。

コンテナの荷降ろしをしている作業員のうち、ひとりの女性が二人に声を掛けた。

「ミッションリーダー、お待ちしておりました」

「ご苦労さまです、パイロットリーダー」

EUSTでは役職名によく“リーダー”という言葉が多用される。

パイロットリーダーと呼ばれた長身で麻黒の肌を持つ彼女は、挨拶もそこそこにさっそく本題に入る。

「本部から依頼された物資は全て揃っているよ」

「ええ、リストで確認してます」

「それだけじゃないぞ。他にもいろいろと持ってきたんだ」

「わぁ、助かります!」

彼女の視線の先にずらりと並んでいたのは、大量のカスタムペイントの施された武器。

それらを一目見て、チヒロは驚いた。

「これは……!」

それは、以前開催されたマグメルのコンペティションにおいて、ほんの一握りのボーダーにだけ支給された武器であった。これらはごく少数しか製造されておらず、戦場では滅多にお目にかかることはできない代物ばかりである。

「どうやってこれを?」

「へへっ、まあ出所は聞かないでおくれよ」

「まったく、危ない橋は渡っちゃダメですからね、メリナ!」

「はいはい。ミッションリーダー殿は心配性だなぁ」

パイロットリーダーのメリナ・ミュアは笑いながらエリカの背中をばんばんと叩く。

「で、これをどうするんだい」

「これはですね、 ラーフ様のご指示を待……」

「現在、本部とは連絡が取れない状況です。お忘れですか? ミッションリーダー」

「うっ……」

そうだった。チヒロに言われるまですっかり忘れていた。

本部アナスタシス号との連絡が遮断された今、各部署が自己判断で行動しなければならなかった。

となると、この現場の最上位権限を持っているのは他でもない、ミッションリーダーであるエリカだ。

「さて、どうするんだい」

「だ、大丈夫です! プランはあります!」

「本当かなぁ」

ニヤニヤと笑うメリナの前で、額から大粒の脂汗を流しながらもエリカは必死に思考を巡らせた。

考えろ。考えるのよエリカ!

今のあなたは責任ある立場なんだから!

ラーフ様の、レベレーショナーの言葉を思い出して! きっとなにかヒントがあるはず……!

ラーフ様があらかじめご用意してくださったこの素晴らしい物資。

レイラが無茶をしてかき集めてくれた貴重な武器の数々。

これを最大限有効活用するためには……?

考えて、考えて、考え抜いたエリカの頭に、ふと、レベレーショナーのかわいい笑顔が浮かんだ。

「エリカ?」

「エリカさん?」

しばらくして顔を上げたエリカは、冷静さを取り戻していた。

ゆったりとした動作で、二人に向き直る。

「プランを発動します」

「「プラン?」」

「はい!」

その目には、強い意志が宿っていた。

卑劣なるGRFは、再びアナスタシスを襲ってくるかもしれない。

それに対抗するために、できるだけ環太平洋エリアの敵勢力圏を抑えておきたい。

それならば、すべきことは、できることは1つ。

「メリナ。ボーダーさんたちの出撃の準備を開始してください」

「了解、まかせといて」

「チヒロ。ミッションリーダー権限でマグメルに戦闘行動の依頼をお願いします」

「わかりました。それで、プランは?」

「陽動なんてことはしません。EUSTは総力をもって、ロンシャ深山の採掘所の解放を目指します。それとメリナ、今作戦には例のものを投入します」

「あれを使うだって!? まだ稼動テストも済んでないのに?」

「はい、ここで勝利を掴むためには必要な力です!」

「……了解、しゃーない。技術班に特急で調整をやらせてこよう」

「お願いします」

今は、じっくりと下準備をして策を巡らせる時ではない。

一刻も早く、一秒でも先に打撃を与えること。

相手に考える暇を与えないこと。

ここにある“特別な武器”という報酬を約束し、マグメルのボーダーを一人でも多く戦場に集めること。

ロンシャという後ろ盾を失えば、先日のニュードブロウアウトからようやく復興の兆しをみせているウーハイに攻め込むこともできなくなる。そうなれば、GRFは環太平洋の極東エリアでの実効支配力を失うだろう。

それがアナスタシス号を、ひいてはラーフ様を守るための、今のエリカが実現可能な最善手だと信じた。

故にエリカは、電撃戦を立案・発令したのだ。

「さあ、緑の戦士たちよ! 今こそ反撃の狼煙をあげる時です!」

いつの間にか大勢のスタッフに囲まれていたエリカがそう発すると、格納庫内は割れんばかりの歓声に包まれた。

ここに、EUSTの反撃が始まろうとしていた。


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