「随分とお早い帰還じゃないか」
さきのマグメル連合軍との戦闘の後、アドリシュタは早々にエイジェンの母艦に帰還していた。
「……おや、これはエース様。こんな所にまで何の用だい?」
「上官として貴様の働きを見に来てやったのだ」
ブリーフィングルームの椅子に深く座り、戦闘データを確認していたアドリシュタ。
その背後に立ったのはゼラ、その人だった。
「忙しいもんだね。どこの組織でもお偉方って言うのはさ」
「貴様が思っているほどにはな……それで、首尾はどうだったのだ?」
「悪くないよ。けど、まだまだデータが足りないね」
アドリシュタは振り返ることもなく、特になんの感慨もなしに応える。
「それは特別機の話か?」
「ん? あれに関してはもう十分じゃないかな」
それだけ言って、アドリシュタはようやくゼラの方に目をやった。
「勘違いするな。エイジェンはお前に玩具を与えているわけではない」
「…………」
少女は立ち上がると、興味なさげにゼラの横を過ぎ去っていく。
「おい」
「ウソじゃない……足りないんだ」
ゼラの鋭い視線に、アドリシュタは肩をすくめて答える。
「それに。自分の上官に嘘の報告なんて、とても怖くてできやしないさ」
軽口を叩いて、ブリーフィングルームを出ていくアドリシュタ。
ゼラは特に彼女を止めようとはしなかった。
とても上官に取るべき態度ではない――が、それを咎めようとも特に思わない。
ゼラにはあのルーキーに極力関わりたくない理由がひとつだけあった。
「いけ好かないヤツだ」
単純に馬が合わないのだ。
見た目こそ少女ではあるが、中身はそれとは程遠く、可愛げはまったくない。
「幹部直々に改造に当たった、戦闘能力のみを特化させた特別強化機兵、か……」
ゼラはアドリシュタが見ていたデータファイルを開き、舌打ちをして、乱暴に椅子へ座る。
そして、腹の底から低く唸るようにつぶやいた。
「.EXE(エグゼ)計画及びエクストラシリーズ第1号被検体……」
画面に映るのはエーカム・アドリシュタ・ソーマの名前と各種データ。
シークレットオーダーで集めた戦闘レポートが元となった、詳細不明の強化機兵再改造計画だ。
そこにあるのは、つい先ほどブリーフィングルームを出ていった、いけ好かない少女の姿だった。
「貴様が真に成功作ならば……そのポテンシャル、示してもらおうか」
――それから数時間後。
褐色隻眼の少女。アドリシュタが操る特別機が、連合軍の警戒網に突入してくることになる。
「奇襲!? 本部、こちら哨戒班! 例の機体が――」
「奇襲じゃないさ、強襲だよ」
哨戒を担当していたボーダーが、全てを伝えきる前に、少女の声がそれを遮る。
弾丸の嵐がブラストの装甲を次々と貫き、物言わぬ金属の塊に変えてしまった。
「さぁ、来てくれよ……足りないんだ……そうだ、物足りない……」
アドリシュタは爆散する機体をうっとりとした表情で眺め、恍惚のため息を吐いた。
「美人薄命ってやつだ……もっと見せてくれ、生命の花が散る様をさぁ!」
絶叫にも近い狂気的な声が、辺り一面に響き渡った。
エマージェンシー。
特別強化機兵、アドリシュタとの戦いは、まだまだ終わってなどいなかったのだ。