大破し、派手に火花を散らす特別機が母艦へと帰投したのは深夜のこと。
降りたったのは、いたるところに生傷を負ったアドリシュタだった。
彼女は機体に駆け寄るメカニックをしり目に、ゆっくりと歩を進める。
「本当に火だるまになる寸前だったね。我ながらよく生き残ったよ」
そうは言うが、軽く笑みまで浮かべる姿には、まだ余裕があるように見える。
「二度もおめおめと逃げ帰ってきたのだ、もちろん成果はあったのだろうな?」
腕を組み、待ちかまえていたゼラはアドリシュタの軽口に乗るつもりはなかった。
「当然さ……幹部会の連中への手土産はできた」
「いいだろう。ならば敗走したことには目を瞑ってやる」
「感謝するよ」
それじゃ、と手をひらひらと振って、アドリシュタはメディカルルームへと向かう。
その後ろ姿を見送りつつ、ゼラはブリーフィングルームで見た彼女のデータを思い出していた。
指揮官にしてエースという条件で強化機兵を量産することは難しい。
それならば、単純に戦場における戦闘力のみを特化させた個体を――。
と言うのが.EXE計画の、それを担当した幹部、ソーマという人物の根幹思想だった。
シークレットオーダーにより集められたデータが、その計画に必要不可欠だったとも言われている。
強化機兵から選別された優秀な個体を、更にギリギリまで強化を繰り返して生まれた兵士。
それがエクストラシリーズと呼ばれる、エーカム・アドリシュタ・ソーマという存在だった。
つまり、今作戦の目的は「彼女自身の実戦テスト」だったのだ。
あえて危険な戦場を構築して送り込み、そのポテンシャルの限界をはかる。
結果だけを見据えれば、確かに彼女は生還してきた。幹部連中は気をよくして、計画をさらに進めるはずだ。
つまり、持ち帰ったデータをもちいて、さらに戦闘特化された強化機兵を量産する――。
最終的にエイジェンは、連合に打ち勝てるほどの戦力を保有することが可能となるはずだ。
だが、そう上手くいかないのが戦場の……世の常であることをゼラは理解していた。
もともと無理のある改造を施されたアドリシュタは大きな欠陥を抱えているのだ。
彼女は.EXE計画に関わった結果、目視した人間に花が咲いているように見えるという幻覚症状を発症していた。
しかも、それは改善不能だとされており、本人もそれを幻覚だと認識していない。
それは兵器として問題はなくとも、兵隊としては不完全だ。
どういう問題を引き起こすかわからない、不安要素を抱え込んでいる。安全装置のない爆弾に等しい。
だが……。
エイジェン幹部会「ナヴァ・グラハ」が無能であるはずがない。
今後、特別機兵を量産するに当たって、その問題を放置する訳がないと、強い信頼があった。
ゼラの中にアドリシュタに対する不安はあれど、計画のこれからに関しての不安はなかった。
「性格が歪んでさえいなければ、直属として使ってやってもいいのだがな」
次はもう少し扱いやすいエクストラシリーズの特別部隊への配属を願い、きびすを返す。
「それにしても、連合め……道化のごとく上手く踊ってくれたものだ」
いまごろ、つかの間の勝利に酔いしれているのだろうか?
それとも、こちらの動きを察知して、警戒を強めているのだろうか?
どちらにせよ、自分達の戦略目的は達成された。戦場での勝利のみが戦の勝ちではない。
「作戦は次の段階に移行した。マグメル連合軍の駆逐――ひいては我々の悲願達成も、そう遠くはないぞ!」
ゼラは嬉々とした笑みを浮かべて、その場を後にするのだった。