「よーぅ! ゼラ坊! 元気にしていたかぁ!」
ブリーフィングルームのドアを思いっきり破壊しながら、それは大きな大男がずかずかと入室してきた。
窓際に立っていた指揮官は舌打ちをし、努めて見ぬふりを決め込もうとする。
「貴様、馴れ馴れしいぞ」
「はっはっは! 悪いな!」
意も介さず、といった風体で、大男は上官であるはずのゼラの背中を無遠慮にばんばんと叩く。
「っ……貴様! なにを!」
「なんだなんだ。エースともあろうお方が、なんだこの細さは! 筋肉はどうした!」
「肉体の調整は完璧だ。貴様にとやかく言われる筋合いはない」
独特の紋様を顔に浮かべ、鍛え抜かれた肉体に燃えるような赤いモヒカン頭の異様な姿の男は、心底がっかりしたかのようなリアクションを取った。
「まったく嘆かわしい。トレーニングもせずに完璧な肉体とは片腹痛い」
「黙れ!」
さすがのゼラも思わず手が出た。振り向きざまに無礼な部下の顔面を殴りつける。
手ごたえはあった。が、いかんせんこの頑丈すぎる男はびくともしない。
「腰がはいっとらんぞ。そんなものでは私は倒せん」
ニヤリ、と笑って見せると、顔の筋肉に連動し顔面の紋様がまるで意思を持っているかのように蠢く。
「ちっ」
「やれやれ。本当に騒がしいな、君たちは」
「む?」
男だけの空間に似つかわしくない、凛とした少女の声がルーム内に響いた。
よく見ると、ルームの中の椅子のひとつに小さな人影がある。くるりと回ると、そこに座っていたのはもう1人の強化機兵だった。
いつの間にか、というよりも最初からいたのだろう。彼女は自分の何倍もありそうな野獣に対して少しも臆することなく、その頭を指さしてけらけらと笑っている。
「君は、頭の中までお花畑なのかい?」
そう言われると、先ほどまでのふざけていた空気が一瞬で凍りつく。
「貴様が新型を失わなければ、ゼラが困ることもなかったものを」
「ああ、データは取れたさ。問題はないよ」
男は敵意を隠そうともしないが、彼女もそれを意も介さない。
「貴様が使えない故に、私が呼ばれたのだぞ」
「よかったじゃないか。君はエース様の下で戦いたかったのだろう?」
次第にブリーフィングルームがピリピリとした空気で満たされていく。
ひらひらと手を振り、くるくると椅子で回ってみせる彼女の態度は子供そのものだ。
2人に挟まれる形で苛立っていたゼラは、いい加減にしろ、と一喝してみせた。
「こいつのデータは例の新型やEシリーズにフィードバックされている。まだ利用価値があるということだ。それとアドリシュタ。貴様も出撃しない分は他で役に立ってみせろ」
「ふふっ、わかってるよエース様。データは完成させておくよ」
「……ふん」
そんなことよりも、とゼラは男に向き直る。
「サプタ=イフリット=マンガラ」
「はっ」
名を呼ばれたイフリットは先ほどの態度から一変し、片膝をつき、主に傅く。
「貴様は先遣隊を率いて、いくつもの拠点を落としてきたな」
「いかにも」
「今回の作戦はその功績に免じて言い渡すものだ。いいか?大口を叩いたのだ。貴様も結果を残せ」
「承知」
ニヤリ、と笑みを浮かべるこの男――イフリットの本質は、戦場の中にある。
アルタード・ニュードと専用のブラスト・ランナーを得て、各地を転戦し戦地を炎で焼き尽くす様からそのコードネームを与えられた男は、自ら死地での戦いを求めてここにやってきたのだ。
「作戦については現着までに追って説明する。何かあるか?」
出撃まで時間があるとはいえ、機体は万全。作戦にあたっての準備は当然のようにすべて完了している。
となると、やることはひとつ。
「よぅし! ならば風呂だ! 戦いの前に肉体を清めないとな!」
「は?」
「お前も来い! 共にひとっ風呂浴びようぞ、ゼラ!!」
そう言うや否や、イフリットは上官を羽交い絞めにして引きずっていく。
「な、何をする貴様ぁ!! ふざけるなぁ!!」
「はっはっは!」
「いいねぇ、花が散る姿は。とても美しいよ」
その圧倒的な筋肉に引きずられていく上官を見送りながら、アドリシュタは含み笑いをこらえきれないでいた。