第三話

「随分と派手にやられたものだな」

「ああ、連合の中にも手練れはいる。それはお前も知っているだろう?」

2人が見上げる視線の先には、戦闘を終えた特別機が収容されている。

ホープサイド市街地での激戦を物語るかのように、目の前のアスラモデルはまさに満身創痍という出で立ちである。

「……ふん、雑魚は雑魚だ。いいように翻弄された貴様が遅れを取っただけではないのか」

「はっはっは! これは手厳しいな!」

不信感を募らせる上官の隣で、イフリットは豪快に笑う。

マグメル連合軍は、以前よりも手強くなっていると言わざるを得ないだろう。

それは、単純にボーダーたちが対HA――エイジェンの巨大母艦との戦闘に慣れてきただけではなく、近年のブラスト・ランナーの性能の進化や、作戦指揮を行うマグメルのオペレーション能力の向上が大きく関わっているものと推測できる。

戦争は、テクロノジーを劇的に進化させる。

現にマグメルは新たな戦局に対応するために各ブラストメーカーに呼びかけを行い、一大プロジェクトを敢行。

結果として、ブラスト・ランナーの性能の大幅な底上げに成功したのは記憶に新しい。

そして、そのプロジェクトの遠因のひとつが、イフリットによるゼラへの進言によるものだ。

当時彼が主張したものは、エイジェンの手の内を見せるような危険な行為でもあった。

しかし結果的に見れば、ある程度の技術流出のおかげで連合側も、そしてフィードバックを受けたエイジェン側も、テクノロジーの水準が1世代向上したことには違いなかった。

もっとも、この戦闘狂の男が、どこまでの未来を見据えて進言したのかは不明だ。

記憶を消され、洗脳を施されているイフリットの言葉は、本人のものなのか、それとも他の誰かの指図を受けてのものなのかは判断できない。

「ゼラよ、手強い相手はよいぞ。戦士としての血が滾る。あの瞬間こそが最高だとは思わんか?」

無論、その強き敵をねじ伏せてこそ勝利の味わいも増すというもの。

ただ極限の戦場の中だけが自分のいるべき場所だ、と語る彼の言葉は、おそらく本人のものだろうが。

「……くだらん」

しかしゼラには、この男の戦への執着も、そしてこの男を自らの手で調整したというドクター「マンガラ」の考えも、どちらも理解できない。

エイジェン幹部会「ナヴァ・グラハ」を構成するドクターたちは、各々が各専門分野のトップであり、その中でもマンガラはHAをはじめとする軍事兵器部門を司る有力者である。

ところがマンガラは、本来であればソーマの領分である強化機兵の調整を自ら行ったのだ。

これが一体何を意味するのか、それはわからない。

わからないからこそ、そのマンガラ本人から与えられた次の指令についても、ゼラは苛立ちを覚えていたのだ。

曰く、連合が万が一その優位性に気付いているのであれば、狙うべき目標は限られる。

高層サイトを擁するホープサイドと、そしてもう1つの、極地。

そしてそれはホープサイドには存在しなかったのだ。ならば――。

ゼラはマントを翻し、赤い巨人に背を向ける。

「俺はこのまま工廠へ向かう。貴様は先行するジーナの部隊と合流し、例の任務を果たせ」

「承知」

「失敗は許されんぞ。いいな」

ハンガーを離れていく主を、イフリットは笑いながら見送った。

「ゼラよ、吉報を待っていろ! はっはっは!」

こうしてツィタデルは、ゆっくりと西へと進む。

ハンガーにはメンテナンスの作業音と、魔人の笑い声だけが響いていた。


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