第一話 eust

仄暗い部屋。

ところどころにぼんやりと光るのは、何かの機械のコンソールだろうか。

だが、暗闇に浮かぶそれらの明かりを見ていると、そこはまるで神殿や教会といった儀式を行う広間のようであり、いかにも幻想的な光景であった。

今、ここには2人の人間がいる。

1人は、EUST高級幹部用の衣装に身を包み、緊張した面持ちでひざまずく少女。

そして、部屋の奥からもう1人の“小さな”人物が現れる。

その人物が纏っている神秘的で大仰な衣装は小さな体に対してとてもサイズが合っておらず、さらに冷たい床をぺたぺたと裸足で歩く音が、部屋に満ちる荘厳な雰囲気からどうも浮いているようで、なんとも奇妙な空間である。

ぺた、と少女の前で立ち止まると、その人物はゆっくりと口を開いた。

「ラーフ様のご意向を伝える」

「はい、“巫女”さま」

“巫女”、と呼ばれたのは幼い、とても幼い少女。ところが彼女は少しむくれながらこう言った。

「こりゃエリカ、何度も言わせるでない。わらわは“み・こ”ではなく“レベレーショナー”じゃ」

「は、はい」

その口調は子供のものではなく、大人のものでもなく、むしろ老成した者のものに近い。

「さて、我らが希望のミッションリーダー、エリカ・ラニよ。お前は北へ向かうのだ」

「北?」

ついうっかり生返事をしてしまい、あわてて畏まるエリカ。

巫女が視線を送ると、目の前に空間投影ディスプレイが現れる。表示されているのは世界地図の一部だ。

「ここって……」

「かの地でお前の力が必要じゃ。今すぐ発つといい。それがラーフ様のご意思じゃ」

「は、はい! 全てはラーフ様の御心のままに」

「ではの」

ラーフからの指令を伝えるという自らの大役を終えて満足した“レベレーショナー”は、一度にこりと笑顔を見せるとぺたぺたと部屋の奥へと帰って行った。

「……は、はぁーーー」

しばらくしてようやく部屋を出たエリカは、へなへなとその場にへたりこむ。

「き、緊張したぁー……」

彼女が会った人物はレベレーショナー――“信託者”と呼ばれている存在。ラーフの代弁者としてEUSTを導く“啓示”つまり、指令やミッションプランを与える巫女である。

EUSTの指導者ラーフは滅多に、いや、全くといっていいほど表舞台に顔を出すことはない。それはEUST内部でも徹底されており、ラーフは自分の言葉をこうして巫女に託し、代弁させていたのだ。

つまり、年端もいかないレベレーショナーの言葉こそがEUST指導者ラーフの声であり、実質的にはEUSTそのものでもあった。

そんな最重要人物との謁見を終えたエリカは、支度を終えるとすぐに現地へと飛んだ。

向かった先は、北部アイルランド・ベルファスト。その街に存在するボーダーたちの隔離居留地“バロー”に隣接するように、傭兵会社マグメルの駐屯地がある。

その中でもEUST陣営に割り当てられた区画に、エリカははるばる太平洋上より何日もかけてやってきた。

ブラスト・ランナーのハンガーと輸送機の滑走路が併設されているようなこうした最前線の現場にミッションリーダークラスが現れることはめったになく、ちょうど現場に居合わせたボーダーたちの士気は一気に高まりをみせた。

エリカはEUSTのため、正義のため、そしてこの緑の世界のために戦う戦士ひとりひとりに声をかけ、健闘と無事を祈った。

ひとりのボーダーが彼女に尋ねた。

「本当にGRFの大軍が攻めてくるって?」

「はい、間違いありません」

エリカははっきりと断言した。

「愚かなGRFの動きなんて、ラーフ様には全てお見通しなんです!」

びしっ! と空を指さすと、おー、という感嘆の声が周囲のボーダー達から上がる。

わいわいと盛り上がる彼らを後目に、エリカは誰にも聞こえないような声でそっと呟いた。

「本当に、愚かなんだから……」

青い空を、彼女は睨む。

時刻はそろそろ夕刻になろうとしていた。

grf

同刻。

とある洋上、戦闘空母のブリッジ。

これより一大作戦を開始するとあって、艦内は非常に慌ただしい。

が、オブザーバー席に座る男――本作戦の指揮官は、静かに空と海を眺めていた。

ブリッジのあるアイランドからは甲板がよく見える。

空母とはいえ、運用するのは戦闘機ではなく主に輸送機とその積荷――つまり、ブラスト・ランナーである。

特に今回のミッションのために用意されていたのは、現地に投入される予定の局地戦用スペクター部隊。甲板上に爆装済みのスペシャル機がずらりと並んでいる。

「失礼」

人の出入りが激しいブリッジに一人の青年が現れた。男は、GRF制式軍装一式に身を包むその青年のことを一瞥して尋ねる。

「首尾はどうだ、アレン」

「問題ありません。全てが万全です、隊長」

「そうか」

アレン、と呼ばれた青年はさわやかに、にこやかに答える。その笑顔を無視しながらも、しばらく間を置いてから男は言う。

「それと、俺は隊長じゃない」

「ですが」

「何度も言わせるな、修正するぞ」

「隊長の手にかけていただけるのであれば」

笑顔でそんな発言をする彼に対し不快感を示しながら、男は舌打ちをする。

現在の部隊の長は自分ではなくこの物腰の柔らかい優男――アレン・ヴォルグである。

ところが、男が隊長でなくなってからも彼は男のことをずっと隊長と呼び、そして自分は副長を名乗り続けているという。

この行動には思うところがあるらしく、頑固者のアレンはこのスタンスを変えることはないだろう。そのこと自体は彼との付き合いの長さ故に理解はしていた。

が、今は共同作戦中だ。身内の恥は晒したくない。

「もういい、わかった。だが艦橋内ではやめろ」

「わかりました。キャンベル作戦参謀殿」

「よろしい」

そう。

オブザーバー席に座る彼こそがGRF安全保障本部・統合保安作戦参謀部、作戦参謀のギルフォード・キャンベルその人である。

階級的にはそれほどの高級士官ではないが、実質的に彼がGRFのほとんどの部隊を動かしていることは現場の中では周知の事実である。

ギルフォードは立ち上がると、通信コンソールに触れマイクを手に取った。しばらくすると通信回線が開かれる。

「マグメルのボーダー共はどうか」

『こちらマグメル。全てスケジュール通りです』

「よろしい」

通信先は傭兵会社マグメルに常駐しているオペレーターである。

『参謀。例の件でマグメルの総合オペレーターより通信が入っております。お繋ぎしますか?』

「礼はいらんとお前から伝えておけ、ヒルダ」

『了解いたしました。では、納入リストを参謀部宛にお返ししておきます』

通信が切れると同時に、コンソールに1つのリストが送られてきた。

そこに記載されていたのは、膨大な量のブラスト用携行武器の一覧である。

それは、報酬だった。

今回の作戦に参加し功績をあげたボーダーに対し、一般流通に流れない珍しい武器(主にボーダー達に人気の高いオリジナルペイントを施した特注品など)を報酬として支給するとGRFはマグメルと契約を交わしたのだ。

そして今作戦に於いてマグメルはこれらの報酬を使い、多くのボーダーを集めることに成功した。

当然、戦場に投入される戦力に陣営の偏りはないので、おそらくEUST側にも大勢のボーダーが配属されることになるだろう。

だが、それでいい。

なぜならば、戦線の拡大こそが彼の狙いだった。

「参謀、時間です」

通信士が告げると、艦橋に静けさがやってくる。

さて。士気の高まったボーダー共にはせいぜい派手にやってもらおう。

再び通信機のマイクを取ると、ギルフォードは号令を発した。

「役目を果たせ、猟犬ども」

ぱちん、と指を鳴らす。

「まずはベネヴィスだ。必ず落とせ」

それが、開戦の合図だった。

  • 第二話

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