「なるほど、“煌めく百の稲妻” 鹿島産ユンケル……か。2位以下と100EP差を付けての1位とは、さすがマグメルのトップボーダー。やはり噂に違わないな」

「ええ。敵にしては厄介ですが、こちらに引き込んでしまえば心強いものです」

ギルフォードは本部の執務室内にてマグメルより送られてきた戦績レポートを眺めていた。そこには今回の作戦で特に活躍したボーダーたちのリストが掲載されている。

いずれも“挑みし闘いの証”　“謎の猫” “蹂躙する一輪の花” “蒼の死神” といった二つ名で広く知られている歴戦のボーダーであるが、その中でも戦場を駆け抜けるグリーンの機体の活躍は“煌めく百の稲妻”としてベネヴィス高原地帯にて恐れられていたという。

彼のデスクの前で直立していた優男――部隊長のアレン・ヴォルグが提案する。

「彼らのような優秀なボーダーであれば、このまま我々の部隊に雇い入れるのもひとつの手かと」

「ま、進言はしておこう」

とはいえ、そんな予算申請に対してあの幹部会の老人どもが首を縦に振るとは思えない。

それに、GRFが自前の軍隊を持たずこうしてマグメルのような民間の軍事力に頼っている理由は何もコストの問題だけではない。

アレンが率いている参謀部直轄の特殊部隊――通称バルムンク――ですら公式には存在しないことになっている以上、さらなる兵力の増員というのは現状では望めない。

ただし、今回めざましい活躍を見せたボーダーの持つ“戦力”には相当の価値がある。

優秀な「猟犬」には、今のうちから目星をつけておいた方がいいだろう。

「アレン。目ぼしいボーダー共をマーキングしておけ」

「既に彼らに対しエンブレムの支給を行っております。追跡してのリストアップも可能です」

「よろしい」

相変わらず仕事が早い。優秀な部下を持ったものだと思いながら、ギルフォードは手にしたレポートの束をばさっと捨てる。

「さて、本題はここからだ」

「ええ」

二人は、机上に載っているもうひとつのバトルレポートを見た。

表紙に印刷されているのは解像度の低い写真。

とてつもなく巨大な“なにか”が写されてはいるが、全景を把握することはできない。

「……アナスタシス、か」

ベネヴィス高原地帯での大攻防戦。

その真の目的は、太平洋上で行われていた極秘作戦を秘匿するための大規模な陽動作戦である。

その日、地球の裏側でGRF特殊空挺部隊によるEUST本部への強襲作戦が発令された。

GRFは開戦当初から幾度となくEUST本部と目されている豪華客船アナスタシス号への直接攻撃を仕掛けていたが、そのすべての作戦は失敗に終わっていた。

目標を発見することすら適わず、運よく発見・接敵することがあっても猛烈な反撃を受けてしまい、未だ戦果はひとつもない。

ところが今回、参謀部はアナスタシスの航行ルートを事前に察知することに成功した。

これを受けてギルフォードは特殊空挺部隊による強襲作戦を立案。

直接打撃を与えるのはもちろんのこと、むしろ作戦の主眼は未だ謎に包まれているアナスタシス本船とその護衛艦隊の正確な戦力を測るための威力偵察とされた。

ところが、である。

ここまで徹底的に戦力を分散させ、入念に準備を行った上での奇襲を強行したにもかかわらず、今回の作戦でもほとんど成果をあげることができなかったのだ。

アナスタシスがただの“豪華客船”でないことはわかっている。

最新の戦闘用武装艦艇をそれらしく偽装しているとの推測はできるが、しかし仮にそうだとしても、ここまでGRFの現有戦力が“まったく通用しない”のはおかしな話である。

だとすると、アナスタシス号の正体はただの船舶ではないのかもしれない。

デブリーフィングを終えてギルフォードはそう考えた。

つまり、EUSTにはベールに包まれた巨大な戦力を保有している可能性があった。

そうなると、それを根幹から支えている高度な軍事技術の出所はどこか？

そうだ。そこまで来れば彼らの後ろにいるスポンサーどものだいたいの目星はつくものだ。

一世紀以上前にGRFが発足した時、それは世界有数の企業同盟であった。

その本質は今でも変わらず、世界中のあらゆる企業はどこかしらでGRFと繋がりを持っている。

つまり、このような技術隠匿、及び軍事転用が事実だとすれば。

「ふん、裏切られたものだ」

思案を終えたギルフォードは立ち上がる。

内側から情報が漏れているのか。それとも意図的に流されているのかは現時点では判断できない。ならば。

「アレン、各員に通達。例の通りに」

「は」

こうして、世界各地に潜伏している彼の私兵たちはそれぞれ行動を開始することになった。

目指す場所は欧州、北米、それに南米、中国大陸。そして……。

「そこは俺が行こう」

「隊長自ら？ ですか」

手に持ったタブレット端末に表示されている世界地図にて各員の割り振りを確認するアレンを遮り、ギルフォードはあるエリアを指定する。

「ああ。そこが一番怪しいからな」

そう言い残して、ギルフォードは部屋を後にしようとする。

アレンは了承しながら一礼し、彼を見送る。

「わかりました、では手配を」

「頼んだぞ。それと」

振り向きざまに、ギルフォードはこの日初めてアレンの目を見ながらこう言った。

「俺を隊長と呼ぶな、アレン隊長」

「私は“副長”ですよ、隊長」

「食えん奴だ」

「それは、お互い様ですよ」

「ど、どうしよう……」

エリカは困り果てていた。

どうしてこうなった。

頭を抱えながら、この数時間の出来事を振り返る。

ベネヴィスでの作戦の完了を見届けたエリカは、一路アナスタシス号への帰路を急いだ。

往路と同じく、いくつかの都市を経由して最終的に港から連絡船で帰る手筈だった。

ところが、極東のとある都市に到着しようかというタイミングで、EUST本部からの緊急連絡を受けた。

曰く、ラーフ様の神聖なるアナスタシス号が卑劣なるGRFの直接攻撃を受けたこと。

しかし、防衛部隊はそれらを撃退し損害はほとんどなかったこと。

そんな報告を聞いて安堵したエリカだったが、次の言葉に絶句することになる。

アナスタシス号は、しばらく安全のために外部との情報伝達を完全遮断した上でステルス回遊を続けることを決定したのだという。

ステルス回遊モードになったアナスタシス号は何者にも感知されることはほぼ有りえないが、当然友軍であってもアクセスすることはできず、いくらEUST幹部であったとしてもこのタイミングで乗船することは不可能である。

つまり、エリカはアナスタシスのステルス回遊モードが解除されるまで、しばらく帰ることができなくなったのだ。

決して見捨てられたわけではないが、それでもひとり行き場を失ってしまったエリカは呆然としていた。

「私……帰る家が、なくなっちゃった……」

見知らぬ街で空を見上げると、そこには絢爛な摩天楼。

その都市の名は、“浪速特市”と言った。